H21年7月度定例会&暑気払のご案内
早や7月となりました!!
皆様には益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
先月の定例会は、久し振りに山本さん、白岩さん(元会員)にもご出席いただき、定例会15名、昼食会11名の参加となりました。
7月度の定例会のご案内をお届けします。
今回は、書籍店に勤務されている会員の斉藤寿郎さんに、「昨今の出版・書店業界について」と題してスピーチいただきます。ご期待下さい。
1.日 時: 平成21年7月18日(土)
10:00~12:00 終了後昼食会
2.場 所: サンコーポ勝田台
D棟2階 集会室
八千代市勝田台1-7-1 (045-484-9432)
3.発表者: 斉藤 寿郎(会員)
【テーマ】「昨今の出版・書店業界について」
※ ただし全く統一性のない話しが主で、皆様御存知の事柄 がほとんどで、何の参考にもならないことをお含みおきください。
【自己紹介】
昭和35年北海道生れ。一浪して東京の私大に入り、安保騒動で毎日デモ通い。勉強もせず卒業してスーパーに入社。52才で物流 会社に出向、63才まで勤務。ひょんなことから現在の「くまざわ書店」にて娘、息子より若い人達と働いています。
【趣 味】 現在は、囲碁(全くの初心者)、詩吟など。
【信 条】 平々凡々と健康に生きる他特にありません。
暑気払懇親会
時 間 12:30~ 場 所 スナック『和 花』 (料理は持込み)
会 費 女性 1500円、男性 2000円(含飲代) (不足分は会の補助)
・・・7/12(日曜日)までに、メール又はFAX、電話等にて、出欠のご確認を
お願いします。
(すでにご連絡いただいている方は再度のご連絡は不要です)
事務局より
1.6月度定例会の感想:
開催日: 2009.6.20(土曜日)
参加者: 15名 (昼食会:11名)
スピーチ: 奥村様
テーマ: 「運の研究」
●「運」には「良運」と「悪運」がある。努力して得た「運」は「良運」として、その人に役立つ。何もしないで得た「運」は「悪運」で、その時は得をした様に見えても、後になってみて、結局はその人の為にならない。
樋口広太郎が、アサヒビールの社長な就任した時の話。小売店で古くなったビールは引き上げて、廃棄処分する。スーパードライ等の新しいビールの販売により、やがてキリンビールを抜いて、トップメーカーとなる。社長のやる気と、決断がいかに大事か。
ウオルトデズニーは、「デズニーランドは、常に未完成です」を標語に、常に新しい技術を導入して、前進していった。マンガ映画「シンデレラ」や「ピーターパン」を、大人の鑑賞にも耐える様な長編物にし、ヒットさせた。また、目で見る映画音楽「ファンタジア」を成功させた。
「運」を掴んだ成功者は、必ず努力している。努力なくしての「良運」は有り得ない。
とてもいい話を聞かせて貰いました。ありがとうございました。 (下橋)
●奥村さんの「運」の話を面白く聞きました運にまつわる話の中で勝負の世界では技量が
等でも勝ち残る人と負ける人があり、勝った人を運のいい人と言ったりする。そのような場合運とは隠れた努力、研鑽を積んだ人に与えられるものと考えられる。
一方、偶然つまずいたおかげで弾が外れ助かった。宝くじに当り大金を得た。高所から落ちたがたまたま緩衝材があり助かった等、神様が助けてくれたとしか思えない様な事も運がよいと言う。
自分で運を引き寄せることもあるが、人間では考えられぬ力で助かったり、幸運に恵まれることがある。自分の意識外の力、神様のおかげとしか考えられぬ力を運と考えると勝尾さんが「運はその人のDNAだ」と言われたがまさにその通り。
DNAは先祖の行いが子孫に及ぶという仏教の教えを連想させる。先祖の行い(DNA)が自分の運に関わってくると考えると、先祖に多くを期待できないなら、自分が善行を積み自分と子孫の運を高めるしかない運を高めるには神頼みを止め、善行を積むことだと教えられた1日でした。 (八田)
●私は、先月会員に加入させて頂いたばかりの、「新入生のオジン」です。
“ネットワーク30”は、多士済々のグループで、諸先輩の蘊蓄を傾けた報告、楽拝聴させて頂いております。
さて、今回の奥村氏の「運の研究」も、歴史上の人物から、各界の著名人に至るまで、広く題材を取りながら、興味深い報告をされていたと思います。同氏の取りまとめの手際良さと、達意の弁舌の才には感服しました。
『天才とは、1%の“閃き”(Inspiration)と99%の“汗”(Perspiration)の所産である』といった主旨の箴言がありますが、これは「運」についても、当てはまる至言だと思います。
奥村氏のお話しにもありましたように、「運」にも「悪運」と「良運」があると思います。何の努力もなしに、たまたま「宝くじ」の大金に当ったというが如きは「悪運」(悪銭身に付かず)にほかならず、日頃の絶えざる努力の所産として、思いもかけず報われたというのは、まさに「良運」(努力した人生へのボーナス)というべきでしょう。
つまり、私流にいえば、いささかダジャレめきますが、『運とは、1%の“偶然”(Happening)と99%の“発奮”(Happun-ing)なり』と。
かつて、経営の神様と謳われた松下幸之助は、晩年、人生の指針として、「努力」に加え、「世の中への感謝」と「素直な心」(私心なく曇りのない心。一つのことに囚われずに物事をありのままに見ようとする心)を掲げました。最近の世相に照らしても、大変含蓄の深い言葉だと思います。
「運」ということを考える時、古今東西の先賢・先達の人生に照らして、そこに通底する、絶えざる「努力の人」という側面を、決して忘れてはならない、と思います(凡人たるわが身に当てはめてみて、“言うは易く、行うは難し”ですが)。
『人間が満足を覚えるのは努力にあり、成功においてではない。十分な努力は完全なる成功である』とは、かのマハトマ・ガンジーの名言です (小川)
2.今後の定例会予定:
8月15日 (土) 小林様 (会員) 於:勝田台駅前 サンコーポ勝田台
9月19日 (土) 桑野様 (会員) 同上
10月17日 (土) 阿河様 (会員) 同上
11月21日 (土) 菊地様 (会員) 同上
12月19日 (土) 小川様 (会員) 同上
1月16日 (土) 下橋様 (会員) 同上
終了後新年会(場所未定)
・・・先月掲載の予定に一部日にちの間違いがありましたので
ご注意ください。 今回訂正しました!!
3.ひと言スピーチ
aさん:久しぶりに出席した。仕事で出られなかった。古希になった。地元で環境問題に取り組んでる。
bさん:この所欠席していた。まもなく72歳になる。何時まで元気でいられるか分からないが、81歳くらいかな。
cさん:新会員だが、毎月楽しみに出席している。12月に発表の予定、何か参考になる話が出来ればと思っている。
dさん:最近の気になったこと。司馬遼太郎の『この国のこと』で、怖いことは、やたらと正義を振りかざす事である。鳩山大臣の行為は、独りよがりの、政治家のポピュリズムによるものであり、滑稽である。
eさん:今日の発表者の定年後ライフを、もっと聞きたかった。
fさん: 「運」の掴み方のノウハウは、いい付き合いをすること、自分で捕まえること。
gさん:最近体調がすぐれないけれど、この会には頑張って出て来たい。
hさん:自分は子供の時から、運がいいと思っている。望み・夢が実現していく。還暦になった。折り返し点。ネクストステージをどう生きるか、模索中である。今日の話で、いろいろと考えさせられた。環境を整える努力が必要だ。
iさん:第3土曜日は、仕事が入ることが多い。今日は時間が取れた。学生時代の劇団を作った先輩が、「面白い話」を持ってくる人にくっ付いていると、周りの人がオレも面白い者と思ってくれる、という話をしていた。もう一人の先輩は女性に持てる人で、コンパ飲み会では、これはと思う女性の隣に必ず座ることにしているとの事。自分で考えて、運を引き込むように努力している。
jさん:将棋同好会の芝山の会長をしている。37~8名いる。第2第4 土曜日に集まっている。
将棋連盟の5段を持っている。家ではパソコンで将棋をやっている。仕事を止めて2年半になる。金を使わずに楽しみたい。
kさん:今年72歳。60歳で退職してから、八千代伝承館に勤めたりして、八千代の歴史の勉強に役立った。この12年間はとても充実している。人が運を開いてくれている。今日の話でもそう思った。
lさん:82歳になった。運の話をしたい。生まれたとき臍の緒が巻きついていた。小樽にいた子供の時、雪に埋もれたけど助かった。特殊潜航艇の訓練の時、ケガをした。復員船で瀬戸内海航行中、魚雷を受け死に損なった。「運」は本人の努力だけではない。偶然としか言えない。72歳の人が、80歳までなどと思ってはいけない。先のことは、考えないこと。毎日が現役であると思っている。あらゆる分野に興味を持ち、趣味を持つこと。
(下橋)
◎【八千代交響楽団・市民コンサート】を聴いて
6月7日(日) 於:八千代市民会館
① メンデルスゾーン「フィンガルの洞窟」
② グリーグ「ピアノ協奏曲」
ピアノは、2009年「やちよ音楽コンクール・ピアノ部門」第1位の滑麻理
(なめりまり)さん。現在芸大ピアノ専攻科に在学中。
力強く正確な演奏でした。才能と努力のあとが感じられました。
演奏会には、まだ慣れていないようで、出だしに少し不安があったが、
全体はみごとな演奏で、聴衆を惹きつけました。
楽団との相性も良かったです。
③ シューマン「交響曲第3番・ライン」
八千代交響楽団のレベルは、アマチュアの楽団とは思えない、高いもの
でした。今回は管楽器のレベルが高くなり、全体の響きがとても良くなりま
した。一曲目の「フィンガルの洞窟」では、全体の乱れが少し感じられたが、
休憩後のこの曲の出来栄えは、プロのオーケストラに負けないものでした。
普段の練習の成果と、指導者の質の高さが明確に出ていたすばらしい
演奏でした。楽団員と指揮者のイキがぴったり合っていて、気持ち良く聴け
ました。演奏に満足し、帰りがけカンパしてきました。 (下橋)
◎北海道への旅
今回北海道に、4日間の旅をしました・・・。
羽田空港→新千歳空港→砂川→層雲峡温泉(1泊目)
層雲峡温泉→北海道野生王国→網走/網走海鮮市場→小清水原生花園→
オシンコシンの滝→阿寒湖畔温泉(2泊目)
阿寒湖畔温泉→オンネト→足寄(あしょろ庵)→富良野→ファーム富田
→旭山動物園→砂川/砂川ハイウェイオアシス→定山渓温泉(3泊目)
定山渓温泉→支笏湖→千歳動産市場→新千歳空港→羽田空港
→八千代台駅→自宅へ
北海道は、「演歌の作品」の宝庫です。
例えば、「なかにし礼」の『石狩挽歌』の作詞を紹介いたします。
海猫(ごめ)が鳴くからニシンが来ると 赤い筒袖(つっぽ)のヤン衆がさわぐ
雪に埋もれた 番屋の隅で わたしゃ夜通し飯を炊く
あれからニシンはどこへ 行ったやら 破れた網は問い刺し網か
今じゃ浜辺で オンボロロ オンボロロ 沖を通るは笠戸丸
わたしゃ涙で 鰊曇りの空を見る 『なかにし 礼』
同氏は、1938年(昭和13年)/71歳 中国国龍江省牡丹江生まれ、立教大学文学部仏文科卒。シャンソンの訳詩家として活躍後、1964年(昭和39年)「知りたくないの」のヒットを機に作詞家になる。「今日でお別れ」 「石狩挽歌」「時には娼婦のように」「北酒場」などのヒット曲を続々と生み出し、日本レコード大賞・ゴールデン、アロー賞、日本作詞大賞、などを受賞。その後作家活動を開始し98年(昭和63年)「兄弟」を発表、2000年(平成12年)「長崎ぶらぶら節」で第122回直木賞受賞。『赤い月』など著書多数。
また、オペラ、演劇など舞台作品の台本、演出も数多く手がけている。
・・・私も、頑張りたいです・・・。 未公認作詞家 奥野ひろゆき
◎【川柳雑撰】
【謎解き川柳・初級編】
◎長いこと一息ついて和田の原
百人一首にある「和田の原漕ぎ出てみれば久方の雲井にまがふ沖つ白波」を思い出せばわかる。関白藤原忠通の作だが百人一首では「法性寺入道前白太政大臣」という長い名前になっている。百人一首を読み上げる場合は「天智天皇秋の田の・・・」というように作者名から始めることになっているので和田の原の場合は「法性寺入道前白太政大臣・・・」という長い名前を読んでから一息吐くだろうという次第。なお史上最長の名前は徳川家康の正式名「従一位太政大臣近衛大将右馬寮御監淳和奨学両院別当源氏長者征夷大将軍」だそうだ。
【大阪弁川柳】
◎半々でどないでっかと中に立ち
◎おまえ何すましてねん大阪で ーK-
◎【大器は晩成せず】
『老子』の「大器晩成」という格言は最新の研究で元来は「大気免成」であり、「免」とは「無」の意味だから、「大器は完成しない」というのが正しい解釈だと、岩波新書新訳『老子』の著者蜂屋邦夫氏が書いている。
しかも「大器」とは「大人物」の意味ではなく、文字通り「大きなうつわ」のこと。つまりどんな大きな形象(姿)を考えても、それが形象である限りそれよりさらに大きな形象が考えられる。即ち「無限大」の思想を説いたものだという。
この解説をとらえて朝日新聞のコラム「窓」氏が「いまさら完成しないといわれても困る。誤読も人類の知的遺産の一部だと思いたい・・・」と感想を述べたのに答えて蜂屋氏は、「大気免成」が「大器晩成」と変化した経緯を詳しく説明している(『図書』2009年6月号)
「窓」氏の気持ちもわからなくはないし蜂屋氏の論考にも敬服するが、ここはひとつ「大人物とは永遠無限に成長し円熟し続ける人物を指す。つまり人格は完成ということがない」という意味だと解釈してはいかがかというのが拙論である。
ーMK-
◎【全国の名城探訪】-2
全国の名城を探訪します。第2回目は関東です。
1.東京 江戸城(別名:千代田城)
・所在地 :東京都千代田区千代田
・種類・指定 :平山城・国特別史跡
・築城年 :長禄元年(1457年) (1603年家康が江戸幕府を開く)
・築城者 :大田道灌
・遺構 : 櫓・城門・石垣・堀等
・内堀6km、当時の周囲は16km(世界1の大城郭)
2.千葉 千葉城(別名:亥鼻(いのはな)城)
・所在地 :千葉県千葉市中央区
・種類 :平山城
・築城年 :大治元年(1126年)
・築城者 :千葉常重
・遺構 : 本丸跡・腰曲輪・観光天主閣
・「源頼朝」の旗揚げの時に大功の千葉氏の居城
(観光天主)
3.神奈川県 小田原城(別名:小早川館、小峯城)
・所在地 : 神奈川県小田原市
・種類 : 平山城・国指定史跡
・築城年 :応永元年(1416年)
・築城者 :大森頼春
・遺構 : 堀・空堀・石垣・復興天守
・「上杉謙信」や「武田信玄」の大軍を以っても落とせず、21万の
「豊臣秀吉」軍の大勢をもっても、100日間も攻めあぐねた堅城。
小田原北条氏の石高250万石。
◎【郷土の偉人伝】――その18
千葉県では昭和38年に郷土の偉人・先覚者を20人選んでいます。
佐藤泰然(1804~1872・文化1~明治5)68歳
武蔵国川崎庄に生まれる。旗本伊奈家に仕えたが、医学を志し1830年(天保1・26歳)に蘭医足立長儁や高野長英に学んだ。その後長崎に出て、オランダ商館長で医師のニーマンから、蘭語と医学を学んだ。
1838年(天保9・34歳)長崎で3年間の修学を終え、この年江戸に戻った。両国薬研堀に、医学と家塾の「和田塾」を開いた。(和田は母方の姓)蘭方医としての治療と塾生への指導との評判が高く、佐倉藩主堀田正睦の知るところとなった。
1843年(天保14・39歳)には堀田正睦に招かれて、下総佐倉に移り住み、病院と医学塾の「佐倉順天堂」を開設した。江戸の「和田塾」は、娘婿の林洞海に譲った。この時から姓を父方の佐藤を名乗っている。「順天堂」とは、『易経』にある「天道にしたがう」を意味している。「佐倉順天堂」は、わが国での最初の私立病院となった。外科手術では、当時の最高水準の医療を行った。
乳癌の手術、卵巣開腹手術、帝王切開などを行ったが、いずれも麻酔薬を使用しなかった。当時の麻酔薬は、華岡青洲が考案した「麻沸湯」などが使われていたが、いずれも副作用の害が大きかった。泰然は麻酔薬を用いずに、患者の生命力を頼って手術をしたという。
1851年(嘉永4・47歳)「膀胱穿刺」の手術に成功。外科手術の外、種痘なども行い、この時代の最先端の医療を行った。そして多くの人材を育成した。
1859年(安政6・55歳)病気を理由に、家督を養子の佐藤尚中に譲り、隠居する。のちに横浜に移住し、米人医師ヘボンと交遊した。
1872年(明治5・68歳)東京下谷で肺炎のため没。幕末の動乱期に、医学をとうして、多くの人材を育成したことの、意義は大きい。
*ヘボン(1815~1911):米国の宣教師・医師。ペンシルベニア大学で眼科を修学。
1859年来日。横浜で施療所を開設。名医としての評判が高かった。1867年『和英語林集成』を刊行し、ヘボン式ローマ字を普及させた。ヘボン夫人が開いた英学塾「ヘボン塾」は、のち「明治学院」「フェリス女学院」となった。
*堀田正睦(1810~1864):佐倉藩主。老中首座を務め、ハリスとの日米修好通商条約の締結に奔走するが、勅許を得る事に失敗した。井伊直弼が大老に就任し、老中を罷免された。洋学に傾倒して「蘭癖」と言われた。藩政改革に大きな治績をあげた。
*足立長儁(1776~1836):足立梅庵の養嗣子。梅庵に漢医方を吉田長淑に蘭学をまなぶ。蘭医学による産科医として、多くの後進を育てた。
*高野長英(1804~1850):陸奥水沢の生まれ。長崎でシーボルトに学び、鳴滝塾では翻訳の教授を務めた。蛮社の獄で渡辺崋山とともに捕われた。1844年伝馬町の牢の火災で脱獄したが、江戸で捕縛されたときに、自害した。
*華岡青洲(1760~1835):はじめ古医方を学んだが、のち西洋流外科を修めた。20数年の苦心の末、麻酔薬「麻沸湯」を考案し、乳癌や悪性の腫れ物の手術に成果をあげた。1804年世界初の全身麻酔である。欧米では1840年代に、エーテルやクロロホルムを使っての麻酔が行われた。 (下橋)
◎ 富士山の写真:学生時代の友人が写した写真です!
学生時代から約50年、今も尚趣味で写真を!!
昨年とは違った富士の写真です。再度提供いただきましたので掲載します。
◎ 役に立つパソコンのあれこれ (NO.33)
テーマ: 文末に変な改行を削除する
メールの本文をワードに貼り付けると、文末に変な改行(↓)が入る
ことがある。これは「任意指定の行区切り」と言って、見た目は改行され
ているが、段落は変わらない。
方法―1
1.「編集」 → 「検索」 → 「検索と置換」の「置換え」タブでオプションをクリック。
2.「あいまい検索」のチェックをは外して「特殊文字」をクリック。
3.「検索する文字列」に「任意指定の行区切り」、「置換後文字列」を空欄にして、
「すべて置換」クリック。
4.「段落記号」に変える場合は、「置換後の文字列」に、「段落記号」を指定する。
方法―2
「範囲」を選び、「編集」から「形式を指定して貼り付け」をクリック、
「テキスト」を選択 →「OK」でも良い。
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