H21年3月度定例会のご案内
1.日 時: 平成21年3月21日(土)
10:00~12:00 終了後昼食会
2.場 所: サンコーポ勝田台
D棟2階 集会室
八千代市勝田台1-7-1 (045-484-9432)
3.発表者: ○○様(会員)
【テーマ】 「ホンモノ」の家づくり
地域に根ざした経営こそ、中小企業の使命
【趣 味】 絵画(油絵) スポーツ(体をうごかすこと 昔/柔道・剣道・空手、
現在/水泳 エアロビクス)
【信 条】 人道を尽くし天道を任す
(すべての事にあたって、逃げない、ごまかさない)
懇親昼食会
講演会終了後、いつものように、情報交換を兼ねた『懇親昼食会』を開催します。
ご都合の許す限りご参加ください。
時 間 12:15~ 場 所 江戸前『登喜鮨』
会 費 女性1,000円、男性 1,500円~1,800円(含飲代)
事務局より
1.2月度定例会の感想他:
開催日: 2009.2.21(土曜日)
参加者: 17名 (新年会:11名)
※ 2月定例会を終えて
毎年2月は、外部講師による公開講演会を行っていましたが、今年は講師の手配が出来ず、予定を変更して、全員発表の定例会となりました。
第一部は、浜渦さんの「お話とバイオリン演奏」でした。モーツアルトの音楽は、病気の治癒力を高めると言われています。定期的に病院コンサートを行っているとの事です。
① サンサーンス「白鳥」サンサーンスは、モーツアルトの再来と言われたほどの才能
を示した作曲家です。
② ドボルザーク「ユーモレスク」
③ マスネー「タイスの瞑想曲」
この曲は往年の名バイオリニストのティボーが弾いて有名になりました。
④ モーツアルト「ロンド」。モーツアルトがザルツブルグに居た時に作曲した「ハフナー
セレナード」の一部で、5月のリサイタルに向けて練習中とのこと。モーツアルトの
曲でもあまり演奏されることは少ないのか、私の手持ちの「モーツアルト全集」にも
入っていませ
ん。音楽辞典で調べたら、クライスラーがこの「ロンド」を単独の小品として編曲し
ているというので、探して聴いてみたいと思っています。
⑤ バッハ「G線上のアリア」。この曲はバイオリンの4本の弦のひとつ、G線だけで
演奏することからこの名が付きました。美しいかわいい感じの曲です。
身近にこのような、すばらしい演奏が聴けて、全員が聴きほれ、感動しました。
有り難うございました。
第二部は、私の「世界名建築クイズ」。奥村さんの演歌。岩瀬さんの自作「デンキ、でんこちゃん」の歌。最後に「早春賦」を全員で歌いました。時間まで一杯でした。
皆さんのご協力により、いつもの定例会とは、違った楽しい会となりました。
ーSー
2.今後の定例会予定:
4月18日 (土) 総会 於:勝田台駅前 サンコーポ勝田台
5月16日 (土) I様 (会員) 於:勝田台駅前 サンコーポ勝田台
3.コンサート鑑賞会の感想:
第1部/八千代少年少女合唱団公演
第2部/モーツァルト「レクイエム」
ニュー・フィルハーモニー・オーケストラ千葉
※ 2月22日(日)・モーツアルト「レクイエム」を聴いて
第1部は「八千代少年少女合唱団」の歌。かわいらしい声で、しっかりした音程、国際コンクールで優勝したというだけあって、レベルの高い良い演奏だった。「ずいずいずっころばし」は、よく知られているわらべ歌を、平井康三郎が作り直した曲で、合唱曲としては難しい曲である。リズム・メロディーともに乱れなく、正確に歌っていた。もう少し声量が欲しかった。
第2部「レクイエム」は、合唱団とオーケストラとが舞台いっぱい、隙間なく入っての力のこもった良い演奏だった。合唱団は200名はいただろうか、よく響いていた。生の演奏は迫力がある。2006年、生誕250周年のときの一般からの人気投票で、モーツアルトの中で、最も感動する曲として、選ばれている。天井の高いゴシックの大聖堂での演奏を聴いたなら、さぞかし荘厳な気持ちになるのではと思った。一度は聴いてみたい。
ーSー
※ モーツアルトを聴いてきました!!
先月2月22日(日)、新春の「文化芸術活動」の一環として、季節はずれの小暖かい晴天の日に、総勢11名(うち子供2名)で、天才モーツアルトの最終作品(それも作曲途中で急逝-残りは弟子に指示)である『REQUIEM(K626)』を鑑賞してきました。
曲全体がプロ歌手(男2、女2)のソロと総勢200名を超えるコーラスの歌唱からなっており、それはそれは荘厳なものでした。特にコーラスは、地元の有志の方の日ごろの練習の“汗”が<大音響>となって迸り出るようで大変感動いたしました。
例によって、演奏終了後1時間程度、最寄のレストランで「感想会」を催し、余韻に浸りました。
費用:入場料1,800円(子供1,000円)、
飲食費500円(+ビール代300円)
ーKuー
◎【パルテノン神殿と法隆寺との関係について】
結論を先にいうと、「法隆寺とパルテノン神殿の間に建築構造上の共通点があるのは当然で、一般的に影響の有無を考えるのはおかしい」ということです。
和辻哲郎は法隆寺の金堂について、「この建築の柱が著しいエンタシス持っていることは、ギリシャ建築との関係を思わせて、われわれの興味を刺激する」(『古寺巡礼』)といい、さらに「単に柱のエンタシスのみならず、その全体の構造や気分において、西方の影響を語っている」(同書)と書いています。しかし同じくエンタシスという構造上の共通点はあってもパルテノン神殿と法隆寺金堂とは雰囲気が全然違います。
神殿はあくまでも直線的でエンタシスは微妙です。法隆寺金堂より控えめのエンタシスですっくと立った姿です。表現しているのは高貴さや端正さ、そして何よりも巨大さを表現しています。ギリシャ人の「カミ観念」からは当然のことでしょう。さらにその印象を補強するのが柱のフリーズ(縦方向の溝)です。あくまでも高く空へ延びる印象を強調しています。
法隆寺のエンタシスは一見して気付くほど胴張り(ふくらみ)が大きく造ってあります。まろやかで、むしろずんぐりした感じです。武澤秀一は「パルテノン神殿が近寄りがたい美人だとすれば、法隆寺の柱はポッチャリ型」(『法隆寺の謎を解く』)いっています。
法隆寺の金堂を語る言葉を列ねれば、重厚、安定、静寂、神秘ということになりますか。その雰囲気を出すために当時の建築家が意識的に「胴張り」(エンタシス)を強調したのだということは、同じ法隆寺の五重塔を見れば良くわかります。五重塔は「塔」ですから高さを強調しなければなりません。そのために五重塔の柱の胴張りは金堂のそれよりもぐっと控えめにしてあります。つまり当時の建築家はエンタシスの効果を十分に承知しているばかりか、それを効果的に使用するほどの深い知識と経験を持っていたことがわかります。それは建築家としての経験の積み重ねから自然と生み出されたものでしょう。
また法隆寺中門の柱間は三間で4本の柱が立っていますが、その柱間は均等ではありません。左右間は同じですが、中央間が広くなっています。東大寺大仏殿の柱間も同様に両端二間の柱間は中央部分より狭くしてあります。これはパルテノン神殿と同様に安定感と共に立体感(奥行間)を強調するためだと考えます。
ーK-
◎ エッセイ・論評・リポート・提言・提案・詩歌
起
二月のNet30の定例会は、下橋会長の発案もあって、とてもユニークな集まりでした。
下橋会長の手品もあったのですが、浜渦さんのプロのナマのバイオリン数曲の演奏があり、最後の演奏「Gー線上のアリア」が終わった時は、一同、の感動の拍手となりました。浜渦さん有難う御座いました。ここで改めて、「拍手」と言う事になります。
承
所で、浜渦さんとは、以前、二度ばかりお会いしているのです。一つは東京の京橋の画廊で個展を開かれたときです。どんな絵ですって。「うんん」と言うので、言葉で表現できるのは、評論家でなければ出来ないと、私はじっと見ていました。その感じは、少し内省的なモダン印象派?と言った感じで、筆使いは緻密な大胆さを感じました。これが動的になれば、モダン・シューレアリズムになるのかも知れません。
二回目は最近、ここ勝田台の喫茶店で、小品の個展を拝見したときです。以前、会の定例会で、浜渦さんのバイオリンの演奏を思い出して、
「浜渦さんは女性ミケランジェロですよね!」と決め付けた事がありました。
転
ここで少し「プロ」について考えてみました。細かい理屈はわからないにしても、「プロ」は孤独な者だと感じるのです。もし現役の仕事が「プロ」であれば、引退していた自分は同じ事を言ってもアマチュアと言う事なのでしょうか。私も、かってな絵を「カ」きますが、これは恥を「カ」いている様なものです。
歌にしても同じ、ぬか味噌の心配ばかりしております。ああ素人で良かった。所で結びに私の愚作をもって、結びといたします。
結
音がく
音の世界は 風鈴か チリンチリンと 風任せ
小学校の 音楽は オルガン先生 楽しいな
昔楽しい 音楽も 試験だからと 教室で
何時しか音楽 音学に なって私は 悲しくて
間違いばかり 目ざとくて 襲いかかるか 音変怪
僕は音学 嫌いです せっかくせっかく その中で
楽しい授業は 音楽で 僕を見捨てて 音学に
なって聞こえる その音は 僕の心を 音苦にす
ねえねえねえと 音苦さん 機嫌を直し 笑顔して
僕と仲良く 詠いましょう 春の小川と どんぐりこ
何時しかお池に さあ大変 泥鰌が出てきて 今日は
音楽 音学 音苦さん 皆で楽しく 歌いましょう
ーIー
◎【東京国立博物館で「国宝/阿修羅展」】
3月31日から、東京国立博物館で「国宝/阿修羅展」が開かれます。
有名な仏像なので拝観にいらっしゃる方も多いと思いますが、事前に読んでおくと、鑑賞がよく深くなる小論(B5版4P)を見付けました。岩波書店のPR誌「図書」の2月号です。大型の書店なら置いてある筈で、無料です。近くの本屋さんになくて、ご希望の方は連絡してくだされば2月の例会の日にコピーをさしあげます。
小論の筆者は東野治之先生。昨年の第62回毎日出版文化賞を受賞した岩波新書の『遣唐使』の筆者です。タイトルは「阿修羅の表情」。あの「切ない」表情は何を意味するのかという推論から阿修羅像と共に出展される興福寺の八部衆と十大弟子像の造像の背景にも触れています。
ーK-
◎ 江戸川柳雑話
【謎解き・入門編】
● 気強いのと気の長いのが九十九夜
小野小町から百夜通えば受け入れるといわれて通い続けた深草少将が
九十九夜目に死んでしまったという故事をふまえただけ。
「気強い」と「気の長い」を並べたのがシャレ。類句は多いがとりあえず
● いかさまの元祖は小野の小町なり
あと一夜通っても受け入れ可能だったかどうか。
● 惜しいこと良実外科にかける筈
良実は小町の父親。句意はご想像を。
【大阪弁川柳の佳作】
● こうなりゃァ百まで生きてこましたろ
後期高齢者の逆襲
【バレ句(H川柳).】
● 弘法は裏親鸞は表なり(句意は口伝)
ーK-
◎【原理主義の蔓延(パート2)】
道州制(パートツー)
国内における原理主義は、前回お話したように、要するに「既得権益」を守ろうとする旧守派の勢力をいう。いろんな問題はあるが、根はひとつ、即ち「中央集権」が最早時代に馴染まなくなっているということである。
明治まで「幕藩体制」という地方自治が主体であったものが、明治政府の強力な中央集権政治で集約され、結果日本は成長を遂げ、先進国入りを果たすことになった。戦後の復興期もこのシステムがうまく働いたが、昨今の問題はすべて「省益あって国益なし」の官僚の縄張りで硬直的かつ非効率なものになっている(霞ヶ関が諸悪の根源?!それに政治家が族儀員化して旧守派で思い切った改革できない?!)。
中央政府の大きな機能は「再分配」であるといわれるが、これが全く機能していなくて、非効率の最たるものとなっているのも事実。地方分権、即ち「廃県置州」を実施し、地方主権への道州制に移行すべきである。「近接性の原則」を下に市町村を主体にした30万規模の「基礎自治体」を単位に、補完性の原則に基づき1000万規模の道州制を全国10程度で構成されるべきである。
これを企業の組織に当てはめると、道州は持ち株会社、従来方の事業部(各省庁・県)制から、基礎自治体をカンパニー型のものに変更するものである(既に企業ではそうなっているケースも多い)。北海道は既にずっと道州で来ており、各支庁は支庁議会もなく、市庁長が県から派遣されてくるのみ。我々の各支所の機能を担ってるに過ぎない(行政の効率化)。
東京一極集中を緩和し、東京から地方、地方から地方への筋道(情報・物流など)を多面化する必要がある。経済理論的な学説でも、地方分権のほうがGDPを嵩上げする効果は高いという結果が出ている。勿論道州に伴う必要条件も多いが、将来を睨み、国民のコンセサスが一日も早く形成されることを期待したい。(「道州制」の議論は機会が有れば別途したいものである)
ーIW-
◎【味のあるメール】
久し振りにちょっと味のあるメールをお届けします。
「もう直ぐ は~るですね!」 の歌に併せて一時の憂さを晴らして下さい。
1)不況で残業が無くなり定時に退社するので。とても困ると言う話を最近良く耳にし
ます。仕事が早く終わっても、男は行く処が無いのですね。
昔の話しを思い出しました。帰宅してもやる事がないので奥さんのスーパーの買
い物に付いて行く。そんな亭主を 「スーパーマン」 と言っていた事があります。
その後は濡れ落葉、と格下げに成った様です。
2) 最近、フランスから帰国した友人が、日本の余りにも暗い話や雰囲気にびっくり
した、と言ってました。「欧州だって同じサブプライムでやられているけど、普段と
変わらずシャパンを飲んだりして楽しそうにしているのに・・・」
3) 日本マクドナルドが上場以来の最高益を発表しました。処が原田社長の記者会
見はまるで倒産企業の様でにこり、ともせず。TVのコメンテーターが 「もっと笑っ
て話をしたら」 と言った位です。原田社長は結構笑顔の人ですが、あれはPR
会社に「絶対笑うな」 との助言があったのかな、と勘ぐる様な会見でした。
4) 1980年代のアメリカが不況時代は日本がバブルの絶頂時でした。アメリカは
全く駄目で今ににも潰れそうな事ばかりを日本のマスコミは報道していました。
その時 聞いた講演会で、「アメリカは大変ですか」の質問に講師は「でも普段と
同じ様に飯を食っているよ」 との答えでした。好況でも不況でも、三食は食べま
すから未だ心配ありません。
5)昔し極めて明るい部下に 「風呂場の100ワット」と言うニックネームを進呈しま
した。無用に明るいと意味ですが、闇雲に明るいのは堂かと思いますが、やたら
暗く成るよりはず~と良いと思いますね。特に今の様な閉塞感の世の中では。
ーM-
◎ 郷土の偉人・先覚者―その14
<郷土の偉人伝>千葉県では昭和38年に郷土の偉人・先覚者を20人選んで
います。
菱川師宣(1630?~1694・寛永7?~元禄7)64歳?
安房国保田(現・鋸南町)で縫箔刺繍(ぬいはくししゅう)業の家に生まれた。
俗称は吉兵衛、晩年は友竹と号した。生年は不詳だが、寛永の中頃と推定される。幼い頃より、絵を描くのが好きだった。家業の刺繍の下絵を描きながら、独学で画技を身につけた。
のち江戸に出て狩野派・土佐派の絵師たちの技法を習得した。版下絵師をしながら、挿絵を大きく取り入れた「絵本」を出し、人気を得た。さらに鑑賞に堪え得る絵画作品にまで高め、これが浮世絵版画の基となった。吉原の遊女や歌舞伎役者の風俗を描き、素朴ながら張りのある墨線で、世相を生き生きと表現した。肉筆画でも見返り美人図などの傑作がある。
*浮世絵:江戸時代に流行った色摺の木版画で、庶民の風俗や遊里と役者を主題
材としている。
*錦絵:多色摺の浮世絵版画のことで、中期以降に出回りその美しさから浮世絵隆
盛の因となった。
*浮世絵の歴史:
1.初期・師宣が活躍する1650年代から「錦絵」の始まるまでの1764年頃まで。
墨一色刷りから、丹絵・紅絵・漆絵・紅摺絵と発展していく時期である。美人画と
役者絵とが区別されていない。 (師宣・鳥居清信・奥村政信など)
2.中期・1765年の錦絵創始から、寛政期(1790年代)に至る全盛期。写実的と
なる。(鈴木春信・鳥居清長・喜多川歌麿の美人画、東洲斎写楽の役者絵など)
3.後期・幕末の衰退期。美人画・役者絵が後退し、風景画や花鳥画が主題となっ
ていく。(葛飾北斎・安藤広重の風景画、歌川豊国・国貞・国芳ら歌川派の濃艶
な美人画・役者絵・武者絵が出る)
*見当:版画を刷る時の、紙の位置を決める目印で、この技法により多色摺りが可
能になった。 (これから出た言葉が、見当違い・見当をつける)
*浮世絵研究の難しさに「春画」の存在がある。露骨な男女行為が描かれている。
師宣・歌麿・北斎なども多数描いている。全集には、一緒に載せることが出来ない。
*「菱川師宣記念館」:1985年(昭和60年)生誕地、鋸南町に建てられた。
浮世絵を専門に展示する、日本でも数少ない美術館で、師宣の作品をはじめ、
浮世絵の名品を常時展示している。
ーS-
◎ 富士山の写真:学生時代の友人が写した写真です!
学生時代から約50年、今も尚趣味で写真を!!
昨年とは違った富士の写真です。 再度提供いただきましたので掲載します。
◎ 役に立つパソコンのあれこれ (NO.29)
テーマ:定型句(署名ほか)の登録
メールみたいに、よく使う署名は、登録しておけば
簡単に入力することができる
① 「定型句」にする連絡先等を選択する。
② 「挿入」→「定型句」→「定型句」を選択。
③ オートコレクトダイアログの「定型句」タブが開いて、「プレビュー」に登録
する語句が表示される。
④ 「定型句」の登録名(例えば、「じたく」)を入力して、「追加」をクリック。
⑤ 「じたく」と入力し、「Enter」キィーを押すと、登録した語句が表示される。
する語句が表示される
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